ウクライナの戦場変えた米テック2社(The Economist) - 日本経済新聞
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ウクライナの戦場変えた米テック2社(The Economist)

20世紀の戦争について学んだ者ならウクライナで今、使われている地対空ミサイルや対戦車兵器、ロケット発射装置、りゅう弾砲といった西側の武器の多くを知っているだろう。だが目立たないかもしれないがウクライナが活用している人工知能(AI)や自動監視システムなど西側のIT(情報技術)も、ロシア軍に相当な打撃を与えている。

米アンドゥリル、自動的にドローンを探知するシステム提供

民間のベンダー各社は、ウクライナ軍に人工衛星や各種センサー、ドローン(小型無人機)、様々なソフトウエアを供給している。これらはどれも戦場に関する膨大なデータを収集しており、それらはアプリに凝縮されて現場の兵士に送られ、これが敵に照準を合わせるのに役立っている。米国防部門のある高官はその利便性の高さを「いわば大砲のウーバーだ」と高く評価する。

こうした新形態の戦争の背後には、米テック業界の型破りな頭脳集団による活躍がある。マスク氏率いる米スペースXが衛星を活用したインターネット接続サービス「スターリンク」をウクライナに提供しているのは有名だ(もっとも今は、戦場からのアクセスを制限している)が、筆者は先日、別の革新的起業家2人に会った。

一人は2017年に監視塔やドローン、無人潜水艦およびこれらを支えるAI監視システム「ラティス」を製造する米スタートアップのアンドゥリル・インダストリーズを創業したパルマー・ラッキー氏(30)だ。トレードマークのビーチサンダルとアロハシャツ姿の彼は従来の防衛関連企業の人々とは全く異なる。

アンドゥリルは米国の長年続いてきた軍事調達モデルを根底から揺るがしつつある。創業間もないが既に米国とオーストラリアの政府から契約を獲得し、ウクライナには自動的にドローンを探知するシステムなどを提供している。直近の22年12月に資金調達した際は評価額が85億ドル(約1兆1400億円)に達した。

もう一人はアインシュタインのような髪形をした風変わりな哲学博士で、米データ解析会社パランティア・テクノロジーズの最高経営責任者(CEO)であるアレックス・カープ氏だ。

米コロラド州デンバーに本社を置く同社は、セキュリティー対策や医療システム、工場の生産性改善など目的は何であれ顧客が大量のデータを目的に沿った形で生かし、管理できるデジタルインフラの構築を支援する。

敵に狙いを定める方法を変えたという米パランティア

カープ氏が著名投資家ピーター・ティール氏と20年前にパランティアを創業して以来、同社はスペースXと同様、米軍事部門と全く新しい共同事業を開拓してきた。カープ氏は大胆にも自社は、ウクライナ軍が敵に狙いを定める方法を変え、テロとの戦い方も一変させたと語る。加えて、自社の膨大なデータを解析するソフト(編集注、ワクチン接種の優先順位や適切な手法を選び出すソフト)は新型コロナのパンデミック(世界的大流行)中に何百万人もの命を救ったとも言う。

この全部が真実とは言えないかもしれないが、パランティアが戦場でも北大西洋条約機構(NATO)の情報網の一部としてもウクライナを支援していることに、ほぼ疑いの余地はない。

同社は2月13日、22年10〜12月期に四半期で初めて黒字になったと発表。カープ氏が他社に買収される可能性を示唆すると、同社の評価額は210億ドルに跳ね上がった。

両者はシリコンバレーの異端児という点で似ている。いずれも米テック大手各社がシリコンバレーと米防衛部門の長い関係を絶ったことを批判し、中国の民間部門と軍事部門の融合が急速に進んでいることが西側諸国の脅威になりかねないと憂いている。

程度に差はあるが、右派で知られるティール氏とのつながりも共通点だ。ティール氏は今、パランティアの会長を務め、同氏が創業したベンチャーキャピタルのファウンダーズ・ファンドはアンドゥリルを創業間もない頃から支援してきた(パランティアもアンドゥリルも同氏が愛するJ・R・R・トールキンの小説『指輪物語』にちなむ)。

2人を右派だとして好ましく思わない人もいる。それでも両社は事業モデルこそ異なるが、防衛分野における従来の「主(プライム)契約制度」がいかに硬直的かを浮き彫りにし、それに代わる魅力的な選択肢を提供している。

アンドゥリルは主契約企業と同じく、軍事部門にしか販売しない。しかし、米ロッキード・マーチンや米ノースロップ・グラマンのような大手防衛企業とは異なり、研究開発がうまくいかなかった場合のリスクはすべて自社で負っている。

10代でVRのヘッドセットを開発したラッキー氏

ラッキー氏は生まれながらのイノベーターだ。10代で仮想現実(VR)のヘッドセット「オキュラス」を開発し、それを14年に米フェイスブック(現メタ)に30億ドルで売却した。カリフォルニア州南部にあるアンドゥリル本社に展示されている数々の空飛ぶ機器や海中で使う装置を一緒に見て回ると、それらのガジェットに関する彼の専門知識の深さに圧倒される。

ラッキー氏は商才も優れている。同氏とアンドゥリル幹部は、必要なコストの合計に利益を上乗せする米国防総省の伝統的な「原価方式」に批判的だ。この方式は戦闘機や空母などの大プロジェクトには必要かもしれないが、往々にしてインセンティブをゆがめ、リスクを避け、コストも高くなりがちで、動きの鈍い巨大な産官防衛複合体を生むことになると危惧している。

アンドゥリルは政府から契約の打診を待ったりしない。防衛部門に必要と思うものを自主的に開発し、常に改善を重ねながら生産する「反復生産」方式とむだのないサプライチェーンを構築し、迅速かつ比較的低コストで製品を提供する。

同社の競争力はすさまじい。主契約を取ろうと各社が冗長なプレゼンを何度も重ねるのに対し、同社は国防総省が「比較試験」と呼ぶ各社の製品を互いに競わせてその性能を比べるテストを好む。よって受注率も高い。

オーストラリア政府からも海域パトロール機を受注

20年には米政府からメキシコとの国境に移民の流入を見張る監視塔を建設する大口契約を獲得、22年には米国防総省から10億ドルの自律型対ドローンシステムを受注した。現在はオーストラリア政府から受注した同国沖の海域をパトロールするバスほどの大きさの潜水機を建造中だ。

ラッキー氏には「米国第一主義」的な考え方をする一面もあるが、アンドゥリルを売上高も利益も大きな企業に育てたいと考えていることは間違いない。

パランティアも最近、黒字化を果たし、成長の方向に進み始めた。同社の事業モデルは、政府の軍事部門も民間企業も顧客とする。だが取引する各国の政府、民間企業は米国の友好国であることを条件にしている。

同社のソフトは、戦場であれ、ビジネスの場であれデータがますますあふれる今日、そのデータの霧をクリアにすべく処理し、迅速に意思決定を下すことを可能にする。

ほかの官民双方と取引する企業も防衛関連の契約を獲得するケースが急増している。国防総省が15年に新設した「国防イノベーション・ユニット」は、世界の脅威にもっと迅速に対応できるようにするため、AIや自律型の総合システムなど民間部門の技術の活用拡大を支援している。

その点でウクライナは絶好の実験場だ。旧約聖書に登場する羊飼いの少年ダビデが巨人ゴリアテを倒したように、テック業界の挑戦者らが米国の巨大な産官防衛複合体に挑む戦いは、ハイテクで武装したウクライナ軍が規模では大きく上回るロシア軍を相手に健闘している姿に似ていると言えそうだ。

(c) 2023 The Economist Newspaper Limited. February 18, 2023 All rights reserved.

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