アダニ・グループ問題はインドの試金石(The Economist) - 日本経済新聞
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アダニ問題はインドの試金石(The Economist)

飛ぶ鳥を落とす勢いだったインドの新興財閥アダニ・グループのトップが、7日間あまりで身の程を知らされたと言うべきか。ほんの数週間前まで創業オーナーのゴータム・アダニ会長は世界3位の富豪で「インドのロックフェラー」を自称していた。だが空売りで知られる投資会社がグループの財務内容に疑問を呈し、不安に襲われた投資家が資金を引き揚げた。

グループの時価総額は1000億ドル(約13兆円)減少し、アダニ氏は数百億ドルの個人資産を失った。いまアダニ・グループは期日通り債務を返済できると示すのに必死だ。

市場の厳しい評価にさらされ、アダニ氏の巨大な野望の実現には疑問符が付いた。これは、アダニ氏と近い関係にあるインドのモディ首相にとっても、政治的に厄介な問題となる。インドの資本主義が、近年にない厳しい試練に直面している。

数億人の市民生活に影響を与える企業

アダニ・グループはインドの主要な港湾のいくつかを運営し、国内の穀物の3分の1を貯蔵している。送電線の5分の1を管理し、セメント生産量の5分の1を担う。こうした活動を通じ、数億人に上る市民の日常生活に影響を与える企業だ。資産規模で国内の非金融企業上位10社の一角を占め、今後も急速な成長が見込まれていた。

だがその成長見通しに暗雲が垂れこめている。米投資会社ヒンデンブルグ・リサーチが1月24日、創業者一族と関係のある実態不明のモーリシャスの企業がアダニの株価を操作しているという内容の報告書を発表した。

アダニは疑惑を否定したが、投資家を納得させることはできなかった。株価は急落し、中核会社アダニ・エンタープライゼズは公募増資の計画を取りやめざるをえなくなった。アダニが発行する社債の利回りは上昇した。再生可能エネルギーを扱うグループ企業の社債の利回りは19%まで跳ね上がった。

モディ氏が州首相の時代から続く関係

モディ氏にとって、大企業は国内のインフラへの投資を推進する計画を支える重要な存在だ。だがアダニ氏には他の企業経営者とは違っている点がある。アダニ氏はモディ首相と数十年に及ぶ関係があるのだ。アダニ氏は西部グジャラート州から事業を興した。モディ氏は2001〜14年に同州の首相を務めていた。

モディ氏は、インドの首相に就任した際、アダニ氏が所有する航空機でデリーに飛んでいる。その時からヒンデンブルグ・リサーチが報告書を公表するまでの間にアダニ氏の個人資産は約70億ドルから1200億ドルに膨らんだ。

政府はこの状況で、表立って、あるいはひそかにアダニ氏を支援する誘惑に駆られるかもしれない。だが、それは誤りだ。インドには高成長を持続するのに必要な条件の多くがそろっている。その潜在力をフルに発揮するには大企業に対する厳正かつ公平な監督が不可欠だ。

インドを訪れると、誰でも、この国が道路や橋、電力の整備を切実に必要としていることがわかる。07〜09年の世界金融危機の前には融資ブームが起きて、インフラへの巨額投資が相次いだ。だがプロジェクトの費用が膨れ上がり、その進行はお役所仕事で遅れ、資金調達コストが急騰した。完成した事業は非常に少ない。銀行は多額の不良債権を抱え、経済成長は失速した。

それゆえに、モディ氏には、強力な産業政策が魅力的に映る。同氏はインドをグローバルな製造業の拠点にしようともくろんでいるが、そのためには整備された道路や安定した電力供給が不可欠だ。このため政府はインフラ事業に投資して地方の供給網整備に貢献するよう大企業に要請している。

アダニ以外にもリライアンス・インダストリーズやタタ・グループなどの財閥や、鉄鋼大手のJSWスチールなどインド有数の企業が今後5〜8年で2500億ドル以上をインフラや新興産業に投資する計画だ。また政府は韓国のサムスンや台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業など、インドで生産を拡大する外国企業に補助金を出している。

勝者を選ぶリスク

だが勝者を選ぶ戦略には常にリスクがつきまとう。アダニ氏の苦境は、何が失敗につながるのか、警鐘を鳴らしている。速やかに事業許可を出すやり方は特定企業の優遇につながりかねない。

また、政府が選んだ勝ち組企業が自らの約束を果たせるとも限らない。アダニは建設中の全ての事業を完成させるために必要な現金があると主張している。だが実際は、多額の債務に依存して猛スピードで拡大する経営モデルを維持することが難しくなりつつある。

経営者の存在が大きくなれば、それに伴って経営リスクも拡大する。アダニ氏が率いる企業だけでインドの非金融企業上位500社の設備投資の7%を占めている。また同氏はインドにとって戦略的な重要性のある港湾の多くを運営している。同氏はムンバイでの新空港やグジャラートでの製鉄所建設などに500億ドル以上を投資することも既に約束している。これらの投資が困難になれば、未完成の事業がまた増えることになる。

モディ氏はアダニの試練に関して沈黙している。最大野党の国民会議派によるデモがいくつか起きているが、モディ氏への支持率は比較的高く、アダニ問題が政治に及ぼす影響は当面は限定的だろう。閣僚はインドのマクロ経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は健全だとして投資家を安心させることに躍起になっている。

だがインドがこれからも安心して事業を遂行できる場所であり続けることを示すにはそれでは不十分だ。経常赤字を抱えていることもあり、急成長を実現するためには、海外からの多額の投資が必要だ。世界の多国籍企業は今、ガバナンスが一定の水準に達していない国々への参入に警戒心を強めている。

公正で厳正な企業監督を

インド政府はまず、特定企業に対する優遇措置の抑制と、大企業への監督強化に着手すべきだ。ニューヨークの小さな空売り投資会社ができた厳しい質問をなぜ規制当局ができなかったのか。ヒンデンブルグ・リサーチは、インド証券取引委員会が21年にアダニへの調査を始めたが、その後沈黙したと主張している。

規制当局はアダニ・グループへの調査状況を公表し、インド証券業界のスキャンダルの原因になっているモーリシャスの投資会社に透明性を要求すべきだ。アダニはヒンデンブルグ・リサーチへの反論として413ページの文書を公表している。

モディ政権下でインドのチェック・アンド・バランス(権力の抑制と均衡)システムは多くの面で劣化した。政府は裁判所と警察の独立性を損ない続けている。メディアもおとなしくなり、以前のような権力者の不正に対する調査報道は影を潜めている。

ヒンデンブルグ・リサーチの報告書が出なければアダニ氏の問題について報じる国内の新聞はほぼ皆無だっただろう。同氏は最近ニューデリー・テレビジョン(NDTV)を買収した。かつては政府に批判的な報道をしていたNDTVも今では従順だ。

長期的に見ればインドが繁栄するためにはインフラ整備と同じくらい制度を整えることが重要だ。市民がクリーンエネルギーや滑らかな道路から恩恵を受けることは間違いない。だが市民にとって、クリーンな統治機構や公平な競争の場もまた大切なインフラなのだ。

(c) 2023 The Economist Newspaper Limited. February 11, 2023 All rights reserved.

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