ポピュリズムの勢いに陰り(The Economist) - 日本経済新聞
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ポピュリズムの勢いに陰り(The Economist)

ハリウッド映画の配役責任者に欧州の国家元首を選ぶ投票権はない。だが、もし投票できるならペトル・パベル氏(61)を支持するだろう。四角い顎(あご)と白髪のチェコ次期大統領はまさに、チェコ軍でキャリアを積み、北大西洋条約機構(NATO)の軍事委員長に上りつめ、政治家を志した人物だ。

アイゼンハワー米大統領やドゴール仏大統領など、軍人出身の政治家を思い浮かべてみるといい。チェコ国民もその魅力にひかれ、1月下旬に行われた大統領選の決選投票では、元軍人のパベル氏が約58%の得票率で決定的な勝利を収めた。同氏の勝利にさらに熱狂したのは、欧州全域でポピュリズム(大衆迎合主義)が止められない勢力になったことを憂慮している欧州市民だった。

リベラル派で親欧州連合(EU)路線のパベル氏は、「チェコのトランプ(前米大統領)」と呼ばれ反エリートを前面に打ち出した富豪のバビシュ前首相を下した。これは欧州の中堅国における1回の選挙にすぎない。しかし、容赦なく極端に走るという欧州政治の筋書きには、またしても打撃を与えている。

過去20年間のEU政治は、気楽で大半がリベラルだった共同体へポピュリストがなだれ込んでくるという筋立てだった。それまでの欧州の選挙は、中道右派と中道左派の候補者が争うのが一般的だった。

今世紀に入り各国で台頭

だが今世紀に入り、特に2015年ごろから、ファシストの流れをくむ政党やマルクス主義を継承する政党など、非主流派の候補者が端役から中心的な存在になった。移民、同性愛者、グローバル化、近代性とそれに付随する全ての要素を様々な形で痛烈に批判するポピュリストの台頭は、スウェーデンからイタリア、デンマーク、ギリシャに至るまで各国の政治を揺るがしてきた。

欧州では今や全ての選挙で、有権者は戦後の中道政治を引き続き受け入れるのか、それとも、フランスの極右政党「国民連合」のマリーヌ・ルペン前党首のようにかつて異端視された政治家が、中道政治を覆すチャンスを与えるべきなのかを試されているように映る。ポーランド、ハンガリー、最近ではイタリアなどでそうした常識では考えられなかった陣営が、勢力を拡大している。

チェコ大統領選の結果は、ポピュリズムのバブルがしぼむ可能性を示した。バビシュ氏は21年に首相(チェコの政治においては大統領より重要な地位)の座を追われたが、それは同氏率いるポピュリズム政党「ANO2011」が連立相手を見つけられなかったからにほかならない。

過去10年にわたって務めた現職のゼマン大統領は、かつて中道左派の首相だったが、国家元首としての任期中に、ロシア寄りの発言はもとより、人種差別や同性愛嫌悪の発言をした。

ゼマン氏は予想通り、バビシュ氏を支持した。一方、軍人時代のパベル氏は、派手さはないが能力は際立っていた。1993年、同氏の指揮する部隊が旧ユーゴスラビアでの任務中に数十人の仏軍兵士を救出したとしてフランスが称賛を送ったこともあり、欧州では好感度が高い。

政界を去る「トランプ的」政治家

ポピュリストのバブルが崩壊したとみるのは早計だ。しかし、ポピュリズムの伸長が避けられないという感覚は薄らいでいる。バビシュ氏の敗北に先立ち、米国とブラジルはもとより、最近ではスロベニアやブルガリアでも「トランプ的」な政治家が政界を去った(ただ、ブルガリアではその後リベラル派の首相も辞任に追い込まれ、新たな選挙が予定されている)。

中・東欧にはポピュリズムが特に根付きやすい土壌があった。89年に共産主義体制が崩壊し始めて以来、有権者は急速な経済的・社会的変革の痛みを感じてきた。一部の有権者は、経済的に決して追いつけることはないのに、移民を歓迎し、同性婚にこだわらない西側諸国を手本とすべきだとされることに憤りを感じている。

しかし、西欧でもポピュリストはある程度の勝利を収めている。英国ではポピュリストの戦略をそのまま取り入れたような疑わしい公約が掲げられ、EUを離脱するに至った。スウェーデンでは、ファシストの流れをくむ極右政党が閣外協力で新政権を支え、イタリアではメローニ首相の下、まさにそうした極右政党が政権を担う。

ウクライナ戦争が逆風に

ポピュリストが逆風にさらされている理由はいくつかある。一つはウクライナでの戦争だ。欧州のポピュリストの多くが政治家として最も評価してきたロシアのプーチン大統領の名が戦争で汚れた。この戦争は、ポーランドとハンガリーの「同盟関係」にも亀裂を生んだ(ポーランドのポピュリストはウクライナを支持し、「非自由・民主主義」を掲げるハンガリーのオルバン首相は今でもロシアを称賛している)。

英国の惨状を目の当たりにして、EU離脱は間違いだったと考える有権者はますます増えている。ポピュリズム台頭の代償は高く付くことが一段と鮮明になっている。裁判所は政治的干渉を受けてはならない、といったEUの規則を押し付けるブリュッセル(EU本部)の官僚体質を愚弄することは、オルバン氏のような政治家のお決まりだった。EU官僚を動揺させたという話を同氏の支持層は喜んで受け入れる。

だが、最近はそうでもない。EU基金、特に新型コロナウイルス復興基金を各国政府が確保するには、EUが策定した基準を満たすことが条件となる。ポピュリストはEUの要求に応じないこともできるが、そうすれば資金拠出は受けられない。ポーランドやハンガリーのように生活費の上昇による危機が起きた場合、そうした資金が役立つことを有権者は知っている。

ポピュリストが勝利した場合でも、政策そのものが勝利を収めているのかは定かではない。イタリアでは、メローニ氏が政権の座についただけでなく、同氏率いる極右政党「イタリアの同胞」の支持率も世論調査で急浮上している。とはいえ、ポピュリズムが成功する兆しとはいえない。

メローニ氏は首相就任後の100日間、総じて中道派として政権を運営してきた。ポーランドやハンガリーの首脳とは距離を置き、フランスのマクロン大統領やEUのフォンデアライエン欧州委員長との会談を優先してきた。ルペン氏の台頭を参考にしたに違いない。数年かけて反EUの主張を和らげたルペン氏は、2027年の仏大統領選出馬を見据えている。

主流の政治家がポピュリストの政策を採用

ポピュリズムの影響力はそれでもまだ大きい。メローニ氏のような政治家が就任後に考えを修正するのと同じように、主流の政治家もポピュリストの政策を自身の政策に加えている。

ここ数カ月でEU域内に流入する不法移民が再び急増しているが、その対策の一つとして、中道派はかつてなら受け入れられなかった政策を検討している。EUの国境沿いにフェンスを建設する案や、移民の流入抑制で欧州に協力できない貧困国には開発支援を縮小する案などは、かつては考えられなかったが、今やEUの政策課題にしっかり組み込まれている。

リベラル派はポピュリズムの時代が終わりつつあることを期待している。ポピュリストは美辞麗句を並べるばかりで、解決策に乏しいと有権者は気づいているからだ。やや楽観的ではあるが、確かにそうだろう。

それでも反エリート勢力が政治的勝利を手にする機会はまだ多く残る。しかし、パベル氏の勝利が示すのは、大敗する機会も少なくはないということだ。

(c) 2023 The Economist Newspaper Limited. February 4, 2023 All rights reserved.

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