米保守の地盤、テキサスでも風力発電(The Economist) - 日本経済新聞
/

米保守の地盤、テキサスでも風力発電(The Economist)

ジョン・デービス氏の一族は140年以上にわたり、米南部テキサス州西部の平原に広がる大牧場「ピーカン・スプリング・ランチ」を所有している。高祖母はかつて「テキサスの羊の女王」と称され、干し草の納屋の前に今も立つ木の下で馬車に乗っている写真が残っている。

農場の経営を維持していくことは、市場価値の高い和牛を飼育していても難しい。だが、ある再生可能エネルギー開発会社が、風力タービンを牧場に設置する費用として多額の出資を申し出たとき、筋金入りの共和党員で元州議会議員のデービス氏は最初はこれを断った。

拒絶したのは間髪入れずだった。息子のサミュエル氏は「クリーンエネルギーはリベラルの技術という烙印(らくいん)を押されていて、『AOCがやってくるぞ』と言われた」と振り返る。AOCは、民主党左派のアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員の頭文字をとった愛称で、保守的なテキサス州民はクリーンエネルギーの話題が出ると、大嫌いなAOCがやってくるのと同じだという批判を展開する。

拒絶から風力発電推進に転換

ただ、最終的にデービス家は経済性を最優先に考えた。一家によれば、1エーカーあたりの平均収益は畜牛の8ドル(約1023円)、鹿狩りの15ドルに対し、風力は数百ドルにのぼるという。これで牧場の未来が約束される。

現在7基のタービンを所有するデービス家は、改宗したかのように再生エネを受け入れている。サミュエル氏は今では牧場主に風力・太陽光発電事業を推進する団体「テキサス州土地・自由連合」の代表も務める。

両親はガソリンスタンドを買収して給油ポンプを撤去し、電気自動車用の充電スタンドに作り変えた(農産物直売所も併設されている)。本誌(The Economist)の筆者は2022年12月、一家と朝食を共にした後、電動バギーで牧場を走り回った。そしてクリーンエネルギーについて論理的な前提を覆す教訓を得るに至った。

1つ目は、再生エネを支持するのに気候変動を信じる必要はないというもので、これまでの筆者の前提とは正反対だ。米国の保守層は依然として、気候変動や炭素税といったものは大きな政府のたわごとであると受け止めている。

「グリーン」という言葉でさえ、(編集注、気候変動との戦いに結びつけるために)左派が採り入れた概念として毛嫌いされている。別の再生エネ推進団体「エネルギー革新のための保守的なテキサス人」のマット・ウェルチ代表は「あなたはグリーンエネルギーを進めていると言われるととても不愉快になるので、単にクリーンエネルギーと呼ぶことにしている」と話す。

こうしたかたくなさはテキサス州の人に限ったことではない。風力発電は、共和党が優勢な州や気候変動に懐疑的な牧場主の所有地で盛んに進められている。この層は自由市場を重視したメッセージを好んで使う。風力・太陽光はますます競争力が増しているエネルギー源であり、光熱費の削減や起業家精神の育成につながるうえ、石油・ガスに劣らず米国的であるといった具合だ。

この主張は驚くほど効果がある。再生エネ開発の最前線に立つ州は、気候変動やグリーンエネルギーを推進するカリフォルニアだと思うかもしれない。

根強い化石燃料生産者からの抵抗

しかし、テキサス州ははるか先を行く。ウェルチ氏の団体が委託した調査によると、22年4~6月期にテキサス州で建設中の風力・太陽光発電や蓄電施設はカリフォルニア州の3倍にのぼった。米エネルギー情報局(EIA)は、テキサス州の発電に占める再生エネの割合が23年に初めて天然ガスを上回ると予測している。

これは2つ目の教訓を説明するのに役立つ。AOCと揶揄(やゆ)する風潮があるのとは別に、風力発電推進派の牧場主を最も敵視しているのは仲間の共和党員たち、とりわけ再生エネに一掃されることを恐れている化石燃料の生産者たちだ。

石油・ガス業界を代表するロビー団体「テキサス州公共政策財団(TPPF)」や、シェールブームで潤った右派が支援する「テキサス州地主連合」などの組織は、風力発電の開発を阻止しようと徹底抗戦している。TPPFは、遠く離れた北東部ニューイングランド地方の洋上風力発電の開発にまで戦いの場を広げている。

TPPFのジェーソン・アイザック氏によると、同団体はテキサス州政府に働きかけ、農村部での再生エネ投資を奨励する目的で導入された固定資産税の軽減措置を22年末で終了させた。そうした財政支援は電力市場にひずみをもたらすと同氏は主張するが、これは石油・ガス生産者向けに設けられた他のインセンティブを無視した言い分でもある。

21年にテキサス州で寒波による大規模停電が発生したのは風力発電が停止したせいだとアイザック氏は批判するが、天然ガスや石炭を含め「あらゆる発電技術が機能しなかった」とする公式報告書の指摘など意に介さない。共和党はリベラル派を「狂信的な脱炭素派」と非難するが、共和党の方針は一部の保守派党員を苦しめている。

3つ目の教訓はプラグマティズム(実利主義)にある。米国の化石燃料使用を抑制するために数千億ドルを投じるバイデン大統領肝いりの「インフレ抑制法(IRA)」に共和党議員は全員一致で反対したが、テキサスなど伝統的に共和党が強い「赤い州」は受け入れる方針だ。

デービス家はIRAを支持していないが、その柱となる連邦税控除の拡充が呼び水となり、農村部で風力・太陽光発電の開発が進むよう願っている。テキサス州としても水素製造や炭素隔離の大型プロジェクトを誘致したい考えだ。アラバマ、ジョージア、サウスカロライナ、テネシーといった他の赤い州も、IRAによってクリーンエネルギー投資が活性化するのを歓迎している。

気候変動懐疑派でも再生エネを推進

化石燃料を強力に推進する保守的な企業でさえ、エネルギー移行の恩恵にあずかりたいと考えている。例えば、米複合企業のコーク・インダストリーズは、多額の資金を投じてジョージア州に電池工場を建設する欧州のリチウムイオン電池メーカー、フレイヤーバッテリーに支援の手を差し伸べた。この工場はIRAの恩恵を受けるとみられる。

つまり、気候変動懐疑派に自分たちはおかしいと自覚させずとも、クリーンエネルギーを推進する方法はある。上手な売り文句としては、再生エネの環境面よりもコスト面の強みを前面に打ち出したり、炭素排出量よりも大気汚染削減に貢献する点を強調したりする。あるいは再生エネ発電は出力が安定しないため、今後数年間は天然ガスが一定の役割を果たす可能性を認めるといったものが考えられる。

テキサス大学のマイケル・ウェバー教授(エネルギー学)が指摘するように「テキサスでは正しいことをしても、その理由が間違っていることは珍しくない」。結局は誰もがより良い未来を目指している。冒頭のデービス氏が言う通り、牧場の下に運よく石油資源が眠っていた地主の多くは、何世代にもわたってその恩恵に浴してきた。そして今度は「私たちは風資源を掘り当てた(ことで一財産を築けた)」のだ。

(c) 2023 The Economist Newspaper Limited. January 14, 2023 All rights reserved.

春割ですべての記事が読み放題
有料会員が2カ月無料

関連企業・業界

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン

権限不足のため、フォローできません