ワグネル台頭、ロシア内でも懸念(The Economist) - 日本経済新聞
/

ワグネル台頭、ロシア内でも懸念(The Economist)

ウクライナ東部、ドネツク州ドネツクの北70キロメートルに位置する要衝バフムトの南方にある泥だらけの丘陵地帯では、生と死の境はほとんどない。

ウクライナの避難を担当する部隊に所属するヤロスラフ・ヘルボルスキーさんにとっても生と死は常に隣り合わせだ。彼は2カ月半も、もはや生きているか死んだか分からない仲間の兵士を砲撃が続く中を泥まみれになって探し出そうと必死だ。その仕事は息をつくこともままならない。

昨年12月中旬ごろ、ウクライナ軍はロシア軍部隊を町の境界から約1キロメートル離れた地点まで押し返した。それでもウクライナ軍は毎日、何十人もの犠牲者を出し続けており、彼の仕事はほとんど楽にはなっていない。

今、ロシア軍は再び攻撃を仕掛けてきており、遺体がどんどん積み上がっていく。「この気持ちをどう表せばいいのか。40人もの死体が積み重なっている。ディーゼルと血と腐っていく肉体――。何というありさまか。自分もいつこうなるかわからない」とヘルボルスキーさんは話す。

なぜバフムトが最大の激戦地なのか

この小さな町バフムト付近は現在、ウクライナで最も激しい戦闘の前線になっている。ロシア側を含め毎日、数百人という兵士が命を落とす。町は水の供給や陸送の拠点である以外に戦略的価値は限られているだけに、これほど多くの兵士が犠牲になるべき正当な理由はほぼ見当たらない。

バフムトがなぜかくも要衝になっているかという理由は遠く離れたモスクワにある。プーチン大統領に近い実業家エブゲニー・プリゴジン氏と、彼が創設した怪しげな民間軍事会社「ワグネル・グループ」が、その存在意義をロシア政府に証明する重要な活動の場となっているからだ。

プリゴジン氏は囚人を対象に兵を募り、動員兵も集めてバフムトでの戦闘の指揮を執ることで、いかに残酷になろうとも自らのビジョンを実現させようとしている。だがロシア政府の誰もがそんな彼を歓迎しているわけではない。特にプリゴジン氏が公然と批判するようになった軍や政治指導者らはそうだ。

ワグネルとロシア軍がどれほどの協力関係にあるかは長くはっきりしていなかった。だがワグネルは昨秋、ロシア軍と協力する道をみつけた。

ウクライナ東部司令部の報道官セルヒィ・チェレバティ氏によると、それはロシアが強硬派として知られるセルゲイ・スロビキン大将を対ウクライナ戦の総司令官に指名した(編集注、10月8日)のと同じ時期だった。プリゴジン氏はスロビキン氏の指名を働きかけていた。

ロシア軍と対立するワグネル

チェレバティ氏によると、ワグネルはロシア軍の兵たん部隊から支援を受け始めたほか、正規軍の精鋭部隊と共に攻撃隊に加わるようにさえなった。だが最近はバフムト付近からの退却や兵たんに関する問題で、両者の関係は再びこじれているという。

昨年12月下旬、ワグネルは自分たちの戦闘員2人がロシア軍制服組トップのワレリー・ゲラシモフ参謀総長を強烈に批判しているビデオを公開した。バフムト付近で戦っているようにみえるこの2人は、身元を隠すためスカーフで顔を覆いながら、ゲラシモフ氏が軍需物資の提供を渋っていると批判した。

「我々はウクライナ軍全体と戦っているのにお前は一体どこにいるんだ。お前に当てはまる言葉は一つしかない。(この後、侮辱的表現)」。ロシア軍に忠誠心の高い人々はこの暴言を非難したが、プリゴジン氏はその後、自分の部下であるこの兵士2人を公然と支持した。

今年1月1日にバフムトから60キロメートル離れたマケエフカにあるロシアの仮設兵舎がウクライナにミサイル攻撃されたことで、ロシア軍指導部への右派による批判は一段と強まっている。西側に供与された高機動ロケット砲「ハイマース」による1日早朝の少なくとも4発の攻撃では、多数のロシア兵が死亡した。その大半は新たに動員されたばかりの兵士だった。ロシア側は89人が死亡したと発表したが、ウクライナは少なくとも400人が死亡したとしている。

ドンバス地方で2014年に勃発した戦争に関与したロシア連邦保安局(FSB)の元大佐イーゴリ・ストレルコフ(別名ギルキン)氏は、兵舎がハイマースの攻撃を受ける可能性を将校らに警告していたと明らかにした。

そのうえで「彼ら(将校たち)はどう指導しようとしても無理なんだ」と語気を強めた(編集注、同氏は14年のマレーシア航空機撃墜事件の刑事責任を追及するオランダなど5カ国の合同捜査チームに容疑者と特定されている)。

ロシア国内では、ウクライナが兵舎を特定できたのは兵士らが命令に反して携帯電話を使用していたからだと推測し、責任を新兵に押し付けようとする動きも出ている。

プリゴジン氏にはショイグ国防相も懸念

ギルキン氏はロシア右派の間で確固たる支持を得ているが、ロシア政府高官らはプリゴジン氏の力が高まることの方をはるかに懸念している。

モスクワの政治アナリスト、タチアナ・スタノバヤ氏は、その懸念は昨年10月から11月にかけて強まったと指摘する。当時、大統領府の関係者らの目には、元受刑者でもあるプリゴジン氏がプーチン氏と直接話せる関係を確立したと映った。スタノバヤ氏は「プリゴジン氏は革命でも起こそうかというような勢いで様々な政府機関への批判を強めており、多くの政府関係者が恐れをなしている」と語る。

ワグネルの常に批判の対象となっているショイグ国防相もプリゴジン氏の批判やその台頭ぶりに懸念を抱いているようで、自らの雇い兵部隊「パトリオット」をドンバス地方に投入している。

ウクライナ軍報道官チェレバティ氏は、パトリオット部隊の具体的な役割は不明確だとしながらも「ワグネルに対抗するため送り込まれたようだ」と指摘する。

プーチン氏は最近の演説で、正規の軍司令部こそがトップの立場にあると強調したが、プリゴジン氏の妥協を許さないやり方の危険性を気にしているようにはみえないとスタノバヤ氏は言う。「プーチン氏はプリゴジン氏を国民を鼓舞できる人物だが、一部の変わった市民社会の代表としかみなしていない」

がんの噂絶えないプーチン氏、権力闘争発生のリスクも

今のところプリゴジン氏はプーチン氏のしっかりした影響下にある。ただかつて強健で無敵とされたプーチン氏だが、がんを患っているとの噂が絶えないうえ軍事上の判断に疑問が浮上していることを考えれば、いつまでも無敵とは言い切れない。戦況が著しく悪化すれば権力闘争が発生する可能性も否定できない。

しかし、ロシアは深刻で深まる一方の軍事上の問題に対しては、当面は新たな動員で対処する方向のようだ。

ウクライナは、それが数日以内に始まるとみている。同国のレズニコフ国防相は12月30日、それに伴い戒厳令も発令される可能性があるという認識を示した。

バフムトにはこれまでの数カ月と同様に、新たに動員される兵士が大量に送り込まれることになるだろうと冒頭のヘルボルスキーさんは言う。

「ロシア軍は混乱に陥ったかと思うと、翌日には兵士が補充される。いつもそうだ。我々は必死に戦い続けているが、ロシア軍はバフムトに際限なく兵士と武器を投入できるようだ」

(c) 2023 The Economist Newspaper Limited. January 8, 2023 All rights reserved.

春割ですべての記事が読み放題
有料会員が2カ月無料

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン

権限不足のため、フォローできません