DX、GXの次は「BX」 経団連が提言するバイオ戦略とは - 日本経済新聞
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DX、GXの次は「BX」 経団連が提言するバイオ戦略とは

経団連は3月10日、「バイオトランスフォーメーション(BX)戦略」を公表した。バイオテクノロジーの活用により、社会課題を解決するとともに、持続可能な経済成長を実現する。これをBXと称し、その実現に向けた戦略などを提言したものだ。BXは、生物資源(バイオマス)やバイオテクノロジーを利活用することで実現する経済社会を示す「バイオエコノミー」にも通じる概念であり、「2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現すること」を目標に掲げる政府のバイオ戦略とも歩調を合わせる。22年6月に発足した経団連のバイオエコノミー委員会の小坂達朗委員長に、同戦略策定の狙いなどを聞いた。

――経団連のバイオエコノミー委員会として、「BX戦略」というものを取りまとめました。その意義を教えてください。

「近年、バイオテクノロジーが急激な進歩を遂げました。生物の全遺伝情報であるゲノムの解読に、昔は年単位の時間と莫大な費用をかけていましたが、今は、1時間の時間と10万円程度のコストで済みます。DNAを人工的に合成する技術も進展を遂げました。それから、ゲノムの狙った場所でピンポイントに切断する、『クリスパー・キャス9』に代表されるゲノム編集技術の利用も進んでいます。その結果、これらの技術を活用することによって、社会の在り方を大きく変革させ、社会問題を解決して持続可能な経済成長を実現できるのではないかという期待が出てきました」

「我々はその変革を、バイオトランスフォーメーション(BX)と呼んでいます。デジタルトランスフォーメーション(DX)やグリーントランスフォーメーション(GX)と同じように、BXはあらゆる産業、人々の生活の在り方を変える概念になるのではないかと思っています。BXをキーワードとして世の中に広めていきたいと思っているのです」

「既に世界各国はBXの実現に向けてしのぎを削っています。例えば『バイオエコノミー』というコンセプトは09年に経済協力開発機構(OECD)から出てきたのですが、その後、米国と欧州連合(EU)がそれぞれのバイオエコノミー戦略を発表しています。日本は19年に政府が『バイオ戦略』を策定し、その後毎年アップデートしています」

「また、米国のバイデン大統領は22年9月にバイオエコノミーに関する大統領令を出したのですが、その中で、生物的な製造プロセスが石油化学ベースに取って代わり、21世紀末までには世界の製造業の生産額の3分の1、30兆ドルを超える可能性にも言及しています。米国がバイオエコノミーを重要な戦略の1つに位置付けているものと理解できます」

「日本政府も22年6月に策定した『骨太方針2022』において、国益に直結する科学技術として人工知能(AI)、量子と並んでバイオテクノロジーを取り上げました。こういう流れを受けて、経団連は22年の6月にバイオエコノミー委員会を立ち上げて、この半年間、政府関係者や有識者の方々と意見交換を重ねてきました」

「バイオエコノミー委員会に対する関心は高く、100社以上が参加しています。そこでの議論を経て、BXで我が国が目指すべき姿、実現に向けた戦略、そして具体的な施策を提言し、経済界としてしっかりと取り組むという決意と挑戦心を示すことにしました」

「BXが目指しているのは、最新のバイオテクノロジーを活用して世界が直面する様々な課題を克服し、同時に持続的で再生の可能性がある循環型の経済社会を実現することです。これはかねて経団連が提唱している『Society 5.0 for SDGs』にほかならない。経団連は、日本が他国に先駆けていち早くBXを実現することを目指しています。さらにはバイオ産業を日本の成長をけん引する基幹産業に位置付けていきたいと思っています」

――言及されたように、日本政府も「30年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現すること」を目標に掲げたバイオ戦略を19年に策定しています。現在は、それに基づいて東京と大阪の2カ所のグローバルバイオコミュニティーと、6カ所の地域バイオコミュニティーを認定しました。また、高機能バイオ素材や、バイオプラスチック、生活習慣改善ヘルスケアなど9つの市場領域を設定して、それぞれでバイオ産業を振興する取り組みを行っています。政府のバイオ戦略との違いや、経団連として取り組む意義などがあれば教えてください。

「米国や欧州が日本に先んじてバイオエコノミーの戦略を打ち出したわけですが、実際のところバイオテクノロジーの社会実装はまだどこも模索している段階だと思います。ということは、日本にもまだまだ挽回できるチャンスはあると考えています。そのためには国際標準づくりやルール形成をリードする取り組みが不可欠です」

「また、国はバイオコミュニティーを認定しましたが、BX実現に必要な資源、つまり人材や技術、資金、情報などは、積極的な国や地域に集まりやすく、ひとたび集まりだすとそのことによってさらに資源を呼び込むといった好循環を生み出します。そのためには政府、アカデミア、国民が一体となったスピード感ある実行が重要ですが、そこに経済界としても積極的な役割を果たしていきたいと思っています」

「政府はバイオ戦略を策定しましたが、バイオエコノミーを推進するプレーヤーは企業です。これが大事なポイントです。経団連の提言では、『エコシステムの構築』『経済安全保障の確保』『グローバルなルール形成』『司令塔による政策の一元化』『国民理解の醸成』という5つの戦略を明示し、経済界が積極的に実行の役割を果たすと宣言しました」

「1つ目のエコシステムの構築については、2つのグローバルバイオコミュニティーと6つの地域バイオコミュニティーを内閣府が認定しましたが、経済界としてこれらとの連携を強化していく」

「そして、22年3月に経団連が『スタートアップ躍進ビジョン』という提言を出しているのですが、スタートアップの振興施策を着実に実行していくのが大事だと思っています。ご存じのように医薬品の業界では、世界の開発品の7割、8割はスタートアップが生み出したものになっています。イノベーションにはスタートアップが極めて重要なのだと思います」

「具体的には、大企業が有する人材や技術、情報などのリソースをスタートアップに開放していく。あとはスタートアップとの協業の機会や、マッチングのような場を提供することです。それから、スタートアップをM&A(合併・買収)することにより、新たな基幹事業の確立を目指す。日本ではスタートアップの9割ぐらいは新規株式上場(IPO)を目指していて、大企業による戦略投資でM&Aされる割合は1割ぐらいです。米国ではその比率が逆で、M&Aの方が圧倒的に多い。日本においても我々のような企業が、スタートアップのM&Aにより新しい事業を育ててくことも大事だと思っています。それから、大企業がつくった社内ベンチャーを、カーブアウト(事業の切り出し)させていくことも検討すべきだと思っています」

「そうやってつくり出した価値を育てていくために、経済安全保障への対応とか、グローバルルールの形成などの働きかけをすることも重要だと思っています。戦略の2と3に挙げましたが、例えば細胞の培養に使う培地のようなバイオ原材料を安定的に確保することや、バイオ製品の生産設備を確保することも重要です。高度人材の育成、活躍の推進も重要。それから、国際ルールの形成に我が国の企業の意見が反映されるよう、政府とも緊密に連携していきたいと思っています」

「視野の広いバイオの戦略を強力に推進するには国策として進めていく取り組みが欠かせない。そういう観点から、第4の戦略として、政府内にバイオ振興施策を一元的に遂行する司令塔機能を持つ組織の設置を求めてきました。政府には、大所高所からBX戦略を進めていく手腕が求められます。その課程で必要となる多様なステークホルダーによる議論に、経済界としても積極的に参画していきたいと思っています」

「これらに加えて、5つ目の戦略を掲げました。バイオテクノロジーが生み出した新たな製品やサービスを市場に届ける取り組みを実施していくことです。国民に対してその付加価値や効果を、政府と連携して丁寧に説明して理解を得る。バイオ製品が日々の暮らしや地球環境にもたらすメリットをちゃんと見える化していこうということです。また、積極的な情報公開と議論を通じて、新規バイオ技術の安全性に関する不安や懸念を払拭したいと考えています」

「そうしたBXに向けた活動とバイオの価値を分かりやすく説明するため、今回の提言に合わせてアニメーション動画もつくりました。5つの色を配した5人のバイオレンジャーが迫り来る社会課題を克服し、地球を救うという短いストーリーです。5人のバイオレンジャーの顔ぶれは、バイオ素材やバイオ燃料など工業やエネルギー分野を担当する『ホワイトバイオ』、高収量作物や森林資源の有効活用といった食糧や植物分野を担当する『グリーンバイオ』、人々の命や生活と密接に結びつく医療・健康分野を担当する『レッドバイオ』、海洋資源の保全やCO2(二酸化炭素)吸収藻類など海洋分野を担当する『ブルーバイオ』、廃棄物の再利用や環境浄化など環境分野を担当する『グレーバイオ』です」

有機的につながるエコシステムの構築が重要

――経団連が今回の提言を行うことによって、政府の取り組みや産業振興にはどのような変化があるでしょうか。

「産業界が率先して取り組む姿勢を明確に示すことで、政府、アカデミア、国民が一体となってスピード感を持って取り組めるようになると思っています。スピード感を持って取り組まないと、また世界で負けてしまうと危惧しています」

「それから、バイオテクノロジーを利用したツールは急速に進歩していて、そのインパクトは特定の企業だけではなく、様々な業種の製品の研究開発や原材料の調達、製造、資源の循環などに影響し、ビジネスモデルの変革や、産業構造の転換をもたらす可能性があるとみています。社会全体の資源、エネルギー、食糧の確保や利用の在り方を抜本的に変える可能性を有するということで、大きなメッセージを伝えていきたいと思っています」

「ご存じのように現在はレッドバイオ、つまり健康・医療のところが一番進んでいます。1980年代に遺伝子組み換え技術でつくったインスリンなどの生理活性物質が出てきて、次に抗体医薬が登場して大きな市場を形成しました。今は細胞医療、再生医療、遺伝子治療などの開発が進められているところですが、この分野は難病や、新興感染症など、ニーズが非常に明確なんですね。それに、製品がもたらす付加価値も非常に高い。イノベーション志向の高い領域なんだと思います」

「ホワイトバイオやグリーンバイオの産業においても、まだ課題はたくさんありますが、大きく進むことを期待しています。課題で大きいのは価格だと思いますが、業界を超えた異分野融合の取り組みで克服に向かうと期待しています。そのためにも様々なプレーヤーが有機的につながるエコシステムの構築が重要だと思っています」

政府、各省庁、産業界がベクトルを合わせよ

――経団連として、今後バイオエコノミーに関連してどのような活動を考えていますか。

「まず1番目は、政府への期待を示していくということです。先ほど申し上げた通り、骨太方針2022では国益に直結する科学技術分野の1つとしてバイオが取り上げられました。その結果、バイオ関連だけでも研究開発への助成金として7000億円ぐらいの予算がついたと聞いていますが、やはり政府、各省庁、産業界がベクトルを合わせて取り組みを進める必要があるのではないかなと思っています」

「我が国のバイオ施策はこれまで、各省庁がそれぞれの所管業種の枠の中でばらばらに手当てしてきた感が否めない。経済産業省、厚生労働省、農林水産省、文部科学省、国土交通省がばらばらにやってきたので、政府全体でしっかりとした司令塔をつくってほしい。政府全体で実行状況を把握し、点検して改善する、いわゆるPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回していく取り組みが必要です」

「政府が最初に『バイオテクノロジー戦略大綱』というものをまとめたのは02年ですよ。ところがこれは技術に特化していたためにエコノミーにつながっていかなかった。その後08年にOECDがバイオエコノミーのコンセプトを打ち出して、米国とEUは12年にバイオエコノミー戦略を策定した。これに日本は少し遅れてしまいました。産業界と政府が連携して、長期的な目標に基づいてアプローチするということが十分にできていなかったのですね。我々も反省すべき点です」

「だからこそ今回、政府にはバイオ振興施策を一元的に遂行する司令塔機能を設けてほしいとお願いしているのです。司令塔機能の下、バイオ分野の特性に合った中長期的な支援事業の再設計と適用の拡大を望んでいきたい。例えばディープテック系のスタートアップの成長には当然時間がかかるわけです。だから政府には単年度の予算ではなく、基金などを使って複数年にわたる安定的な予算の確保をしていただきたい」

「委員会では米国のスタートアップにヒアリングをしましたが、やはり米国でも合成生物学のような先端技術の会社は大きな資金を確保するのが難しい。だから政府系の資金を幾つか確保していると話されてました。やはりそういう会社は政府がしっかり支援していく仕組みが大事だと思っています」

「それから、バイオの中でも伸びる産業を見極めて積極的に支援することも必要だと思います。どこのスタートアップがうまくいくのかを見極めるのは簡単ではありません。しかし、将来性のある革新的な技術を見極めて、政府が支援していくことは非常に重要なのだと思います」

「2番目は、バイオ製品が持つ付加価値や長期的なコスト削減効果を、国民に正しく理解、受容してもらう取り組みです。そこでは、メディアの役割が大変大きいです。経済界は政府と連携して、国民に説明し、理解を得る取り組みを積極的に行う。積極的な情報公開であり、またセミナーの開催などが考えられます。こういう取り組みをメディアでも取り上げていただき、国民に理解してもらった上で社会全体でバイオテクノロジーの活用を応援していく社会を目指していきたいと思っています」

「3番目はやはり中長期的な課題です。バイオの産業振興にはシーズ創出から事業化、生産までシームレスにつないだバイオコミュニティーを産官学一体で強化していくことが重要だと思っています」

「バイオコミュニティーは先ほど申した通り、既に8カ所が認定されています。このバイオコミュニティーにおいて、特に人材の育成、流動化が成功の鍵ではないかなと思っています。米国の事例を見ていると、ボストンには『マスバイオ』とか、サンディエゴには『バイオコム』といった、『コミュニティービルダー』と呼ばれる組織があり、コミュニティー内の産官学のプレーヤーを有機的につなげて、エコシステム強化に大きな役割を担っています。各バイオコミュニティーの事務局が中心となって、そういう役割を果たしてもらいたいですね」

「それから、各地のバイオコミュニティーやスタートアップに話を伺うと、人材不足が第一の課題に挙がります。必要とされる人材はコミュニティーによっても、スタートアップの成長段階によっても異なっていくので、人材の流動化を支えるネットワークが必要だろうと思っています。スタートアップに人材を派遣する企業も出てきているようなので、そういう機運をさらに醸成していきたいと思っています」

「データベースの構築も課題ですね。いろいろな議論がありますが、企業が参加できる仕組みが必要だと思いますし、参加するステークホルダーごとにメリット、デメリットを整理しておくことも重要だと思います。利害が一致しないステークホルダー間で協働を促すためにはプライバシーやセキュリティー、知的財産の帰属などの制度設計も大事になってくると思っています」

「最後に4番目として、国内外への積極的な情報発信が必要だと思っています。今回の提言の最後に、経団連会員企業の最先端の取り組みを事例集としてまとめています。こういう情報を出すことによって、具体的なイメージを持って関係者の意識を高められるのではないかなと思っています」

(日経ビジネス/日経バイオテク 橋本宗明)

[日経ビジネス電子版 2023年4月26日の記事を再構成]

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