吉村昭「ふぉん・しいほるとの娘」長崎市(写真で見る文学周遊)

 鎖国時代の日本にオランダ商館医として来日したシーボルトと日本人の間に生まれた「お稲」。2歳で父が国外追放となり離ればなれになるも医師への道を志す。舞台となった長崎を訪ねた。(3月11日付夕刊掲載「文学周遊」の取材で撮影した写真で構成しています) (11日 14:00)

日本は鎖国時代に海を埋め立て、扇形の人工島・出島で西欧と貿易をしていた

  • シーボルトは1823年にオランダ商館医として来日し、出島で暮らした。現在の出島は当時の建物が忠実に復元されている
  • 唐紙の壁紙で彩られたオランダ商館長の住居
  • 2歳まで出島で育ったお稲。この頃に父・シーボルトの日本地図などの海外持ち出しが発覚し、国外追放となり離ればなれになってしまう
  • シーボルトが診療と西洋医学の講義のために開いた鳴滝塾の跡地。国外追放から30年後、再来日し住居を構えた=沢井慎也撮影

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